二次障害の理解と支援

ワーキングメモリが小さいとなかなか覚えられない。見えざる苦労

ワーキングメモリの小ささは日常生活に多くの不便をもたらします。

5+7=12 という計算式はすらすらできるけど、「リンゴが5つ、みかんが7つ、合わせていくつ?」と出題されたらとたんにできない人。日常の中の色々な計算は、イメージを作って頭の中で計算することが多いのです。だから言われたことをイメージできないことは、実は結構日常生活では不便なことが多いのです。

「失礼します。〇年〇組の□□□□です。××××を取りに来ました。」という職員室への入室の際のフレーズで、××××の部分が思い出せなくなる生徒。扉をノックしたら、「はて、何をしに来たんだったっけ?」となってしまうのです。頭が真っ白になるんですよね。

「私は絶対グーを出すよ。買ったらお菓子もらえるよ。」というシチュエーションで、(ちなみにこのゲームでは私は絶対に裏切らないという設定です。)何度やっても勝てない人。

私のじゃんけんの裏を嗅ぐとか、その裏の裏を嗅ぐ・・というふうな深い理由ではなく、単純に目の前に存在しないじゃんけんの風景をことばだけではイメージできなかったからです。

これらは一例ですが、その他いろいろな場面で、日常生活の中ではワーキングメモリや短期記憶が必要とされる場面が多いです。ですから、その部分に弱さがある人は、見た目以上に苦労しているのです。以前、高次脳機能障害の講演会を聞きに行きましたが似ています。記憶の部分に障害があると似たような苦労になるのですね。

見えない障害を抱えて生きるというのはとても大変なことで、その部分をどうやってサポートするかというのは大きな課題です。

できないことが重なって傷つき、本人が自尊心を失わないためにも、露骨ではないさりげない支援はとても重要だと思っているのです。

でも本人にもプライドがありますから、わかってしまうようなバレバレの支援の出し方はこれまた失礼かなと思ったりします。むつかしい。でもすごく大事なことなので色々試行錯誤してみます。

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